「今に流れる雅楽の調べ」
1998年10月22日
オカザキラブアドヴァイザー・稲垣三郎
大陸の洋楽が渡来してくる前、日本での楽器に石笛(いわぶえ)があります。石に火をうがっただけの構造ですが強い鋭い昔がでます。魂(たま)降ろしのような、祭祀的な場面で使ったと思われます。また銅鐸も一種の楽器であったという説があります。
朝鮮半島から「音楽」が渡来したのは5世紀の中ごろ、新羅楽が最初でした。ついで6世紀に百済楽、高句麗(高麗)楽が、7世紀初めに伎楽が来ました。日本では聖徳太子が仏教を思想の中心にして国家を形成しようとしていた時代で、その文化面での表れとしてこれらのいわば宗教音楽を重んじました。中でも伎楽は呉楽ともいい、大きな面を被ってこっけいなしぐさで舞い、楽を奏したもので、都には教習所もできて大流行しました。しかし、エネルギッシュな伎楽にはエロティックな表現も多く、やがて政府により弾圧され楽士らは都から追放されました。その人たちか地方に散って里神楽など民衆芸能の担い手になったと言われます。また、伎楽とも関係の深い散楽(曲技などの雑技)も日本の芸能の源の一つとしてその後に大きな影響を与えました。この流れからやがて能が生まれたことよくが知られています。
701年定められた大宝令には「雅楽寮」が治部省の下に設けられ、和楽、唐楽、三韓楽などの楽師や楽生の定員が書かれています。言わば国立音楽院です。
唐楽は8世紀中順次渡来して来ました。それ以前の日本古来の、民謡などを含んだ歌謡(国風歌舞)も取り入れて9世紀から10世紀にかけて日本化が行われ、950年ごろ日本風の雅楽が形成されました。
それによると、渡来楽は「左方舞楽=唐楽」と「右方舞楽=高麗楽」に分けられています。現在分かっている曲は左方約80曲、右方20数曲で、演奏楽器の編成も少レ異なっています。高麗楽では絃楽器は使わず、笙も使いません。唐楽の方が"フルオーケストラ"でにぎやかな感じです。さらに、楽器演奏だけの「管絃」、古い国風の民謡などを織り込んだ歌曲といえる「催馬楽」、漢詩を歌い上げる「朗詠」の諸分野があったようです。
一方、「神楽歌」「東遊(あずまあそび)」「倭歌」なども国風歌謡を専門に司る機関で整えられました。神楽は天の岩戸の前での天細女命以来日本の芸能の本流とも言えます。民間には里神楽として全国に広がりました。現在の宮内庁楽部でも宮中神楽は重要に扱われています。また、平安時代、貴族や民間で流行した「今様」も大きな流れです。後白河法王は自ら今様の名手で、12世紀後半、今様を集大成した「梁塵秘抄」を表しました。今様は13世紀ごろには一旦衰えますが雅楽のメロディーを取り入れた趣天楽今様として続きました。民謡の黒田節はその系譜ど言われます。
鎌倉から江戸時代、公家の力は弱く雅楽は京都を中心に細々と伝承されましたが、明治政府は1870(明治3)年「雅楽届」を設け復興にカを入れました。雅楽が音楽として見直されてきたのは1960年代、国立劇場が開設されてからです。武満徹、一柳慧、さらに芝祐靖といった人たちが、雅楽の旋律や楽器の音色を現代の音楽として発表、あるいは古曲の復元をして世界的な評価も得ています。
■シルクロードから来た雅楽
西洋と東洋の交流は古代からありました。インド南部の遺跡から多量のローマ紙幣が発掘されています。さらに東のカンボジアの遺跡(2世紀)からも指輪などインド-ローマの遺物が出土しています。紀元前から海を通じた交流がありました。ローマからはブドウ酒や金属製品、ガラスなど、インドからは香料や中国産の絹など、奴隷も移送されています。また陸上でも、BC4世紀のアレタサンター大王の東征が後の仏教美術の発生に大きなかかわりを持ったのはよく知られています。
西遊記で有名な唐の玄弉三蔵(7世紀)が西域のシルクロードを経てインドに経典を求めに出掛けましたが、唐時代(7-10世紀)は西域経由のオアシス・シルクロードが最も栄えた時代と言えます。下の概略図よりは実際はもっと細かく交易路が発達していました。9世紀初め、唐の長安と西のイスラム世界の中心バグダッドはともに人口100万を越す世界最大の都市でした。
5、6世紀ごろから徐々に朝鮮半島から渡来、後には遣唐使らによって中国から直接もたらされた大陸の音楽に使われた楽器の多くは西アジアなどからシルクロードを伝わって来たものです。正倉院の収蔵品が当時の姿を伝えています。
螺鈿(らでん=光る貝殻を埋めこんだ工芸装飾)でラクダを描いた装飾の正倉院宝物で知られる琵琶は西アジア・ペルシャで生まれ、西に行ってリュート(現在のギター、マンドリンの元)になり、アラビアではウードになり、インドの古い楽器とも関連があります。日本では琵琶として使われ、平家琵琶や薩摩琵琶など民衆の間に長く使われています。たて笛の篳篥(ひちりき)や横笛の竜笛(りゅうてき)は西域生まれ、雅楽独特の楽器、笙(しょう)や簫(しょう)は中国の南部や東アジア発生の楽器でそれらがシルクロードを通って長安に集まり、さらに日本に渡来、今では日本の伝統音楽楽器として世界に知られるようになりました。
陸上のシルクロードはその後も東西交易の重要ルートとして使われますが、船舶の発達にしたがって次第に経済牲の高い海上輸送にその座を奪われることになりました。

楽器などミニ解説
▼笙(しょう)=竹管を縦、円状に配列したリードのある気鳴楽器。中国、漢-唐時代に盛んに使われた。中国南部で発祥。
▼芋(う)=笙を大型にしたような楽器。笙より低い音。
▼排簫(はいしょう)=長さの違う複数の竹管を連ねた縦笛。リードなく上端の角を吹く。同タイプのパンフルートはギリシャ神話にも登場。世界各地に同類が多い。1本のものを洞簫といい尺八の原型。
▼篳篥(ひちりき)=リードのある縦苗(20センチ弱)。同タイプはアフリカから欧州、ロシア、中央・東アジアなどに分布。30-4Oセンチの大篳篥もあった。
▼竜笛(りゅうてき)=竹製の横笛の一種。主として唐楽で使われ、催馬楽、久米歌などの伴奉にも。横笛はインド起源、帆船で欧州に伝わりフルートに。横笛にはほかに高麗笛、神楽笛、篠笛などがある。竜笛は後の能管の祖型。
▼琵琶(びわ)=4絃のものは西アジア起源、中国、日本へ。アラブのウード、ヨーロッパのリュート、ギター、マンドリンの祖型。インドの古楽器は5絃(正倉院にもあり)。
▼箜篌(くご)=ヨーロッパのハープと同形。正倉院のものはルーブル美術館のエジプトハープに似る。
▼阮咸(げんかん)=円形の胴、長い棹、直頚。中国・西晋時代(3-4世紀)の竹林の七賢人の一人、阮咸の名前に由来。
▼筝(そう)=いわゆる琴だが、中国から渡米した琴柱(ことじ)で音程を調節、13弦を基本とする琴。
▼和琴(わごん)=6弦。長さ約1.9メートル。末広がりの形。管絃や催馬楽などで使用。日本には弥生時代にその原型があったが数10センチ-1メートル程度と小さく、音階表現はできなかったらしい。後に大型になったのは筝の影響と思われる。平安時代は「こと」は弦楽器の総称で「びわのこと」などと言った。
▼石笛(いわぶえ)=自然石に穴をうがって吹く気鳴楽器。縄文時代からあり、合図や宗教的儀式の音響具として使われたらしい。能の横笛、能管は石笛の音を模している。
▼久米歌(くめうた)=祝いの歌(天皇即位の際の大嘗祭の時のみ歌う)。
▼誄歌(るいか)=葬送時のしのび歌。
▼東遊(あずまあそび)=各地の伝説、民謡を系統立てたもの。
▼催馬楽(さいばら)=各地の民謡などを元にして雅楽に取り入れられた歌謡。
現在宮内庁楽部には復元された6曲の譜がある。
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